【日光の紅葉2020年】寂光の滝

日光の紅葉スポットを巡った後、シメとして寂光の滝まで歩いて行ってみました。

【日光の紅葉2020年】日光が紅葉の最盛期を迎えたので紅葉スポット歩いてきた
11月に入り、紅葉がだんだん降りてきています。 今市は見頃までもうちょっとという感じですが、日光はいい感じになってきたというのでいろいろ巡ってきました。 志度淵川周辺から神橋まで 東武日光駅から国道119号...

寂光の滝へ行く道の入口は、田母沢御用邸記念公園前にある釈迦堂の横にあります。

ここには徳川家光逝去のおり殉死した家臣たちの墓があります。殉死した家臣の中には『境界線上のホライゾン』のマルガ・ナルゼのあやかり元である成瀬正成が入っています。

この殉死というアホな習慣は、そんなものは本当の忠義ではないと保科正之公が禁じたのでなくなりました。

釈迦堂の横に「史跡探勝路」の看板。史跡探勝路は滝尾神社ルートと憾満ヶ淵ルートしかないと思ってたけど他にもあったんですね。

ここから県道194号線寂光滝線を登っていきます。

これ以降はずっと登り坂で、舗装路とはいえ登山に近いです。

道の途中のところどころで紅葉を楽しめます。

途中にあった「池石(生石)」。

この岩の上にくぼみがあって、常に水をたたえていたためにそう呼ばれるようになったとか。

前には祭壇があり、信仰の対象でもあったことがうかがわれます。

ひたすら登って標高が高くなっていくので、周囲の様子も変わっていきます。

途中にあった「若子神社」の石碑。

その前に、元は地蔵だったと思われる像があります。おそらく明治の廃仏毀釈で頭を破壊されたのでしょう。

だんだん落葉した木が増えてきました。

これは明確に頭を意図的に破壊したもの。

輪廻転生を根拠にして解脱を目指す仏教と、魂の不滅を信じて死者の魂を神として祀る神道はまったく相容れないはずなのに、仏教思想を無視して混同した神仏習合はバカすぎるので、明治政府の神仏分離はまあ理解できます。

でも、そこから仏教弾圧に走った知能の低さときたら…

釈迦堂から歩くこと30分ほどで寂光の滝の駐車場に到着しました。

ここは女峰山への登山口にもなっているようです。

滝の入口には若子神社の鳥居があります。

はいまた空海が創建した説。

西暦820年ごろ、空海は平安京で嵯峨天皇に仕え、『文筆眼心抄』を著しました。

日光なんて秘境に来て修行するひまなんてありません。

っていうか、長安で当時の最先端仏教を学んだ空海が滝行なんていう日本ローカルの無意味な修行をするわけないです。

だいたい空海ほどの人が関東に旅したりすれば公式記録に残されるはずなんですよね。

日光の空海伝説は全て修験道というコスプレトレッキング同好会の人たちがでっちあげたものと考えていいでしょう。

滝シャワーあびてなんか修行した気になるっていうのも修験道の習慣ですし。

しかし、空海も白糸の滝で修行したことにされたり寂光の滝で修行したことにされたりして大変だな。

空海が修行したということになっているところにはだいたい不動明王像があることからも、修験道の関与が匂わされます。

若子神社の拝殿。

若子神社は元々は若子寺で、それが明治に神社にされました。

国家神道といういびつな宗教がこんな山の中にまで影響していたと考えると呆れるというか滑稽です。

裏側には本殿。

この拝殿と本殿がつなげられていないスタイルは滝尾神社と共通しています。

社殿の横を通って行くと寂光の滝が見えてきます。

ちなみに神社のほうまで登らずに、沢沿いに滝まで行くルートもあります。

滝の近くまで降りて見上げると、滝の上のほうにわずかに紅葉が見えました。

滝の周囲の山中もそこそこ紅葉。

でも滝の方より滝から降りてきて釈迦堂に近づいたあたりから見た紅葉のほうがきれいでした。

タイトルとURLをコピーしました