日光の世界遺産二社一寺が立ち並ぶあたりは「東町」と呼ばれ、それ以西の金谷ホテル歴史館や田母沢御用邸記念公園などがあるあたりを「西町」と呼びます。
国道122号線を西方向に歩いていくと、青龍神社と彫られた石碑が立っています。
ここが青龍神社の入り口です。
青龍神社の由来と御祭神
江戸時代に日光東照宮が建てられて以降、このあたりは四軒町と呼ばれており、神職など東照宮の関係者が住んでいました。
日光金谷ホテルの創業者・金谷善一郎もまた、東照宮で雅楽を奏する楽人の一人でした。
青龍神社はその四軒町界隈の氏神として祀られていたといいます。
創建年は不明。
空海の弟子が京都伏見のこれもまた世界遺産指定されている醍醐寺から青龍神を勧請して祀ったのが始まりといいます。
とはいえ、日光に残る空海が関わったとされる伝説はまず眉唾もの。これも修験道の修行者が創建に関わり、由緒を盛るために空海の名前を出しているものだと思います。
寺から勧請した青龍神というのは四神の青龍のことでしょうか?四神のうち一体だけ呼んできても意味はないと思うんですが。
晴天祈願祭が行われるということは、東の守りである四神の青龍ではなく、雨や水を統べる単なる龍神として祀られていたのかもしれません。
どうやら明治までは青龍大明神と呼ばれており、明治の神仏分離で青龍神社とされて、主祭神も大海津見命にすげ替えられてしまったようです。
大海津見命はイザナギ・イザナミご夫妻の海の神様ですね。
こんな山奥に海神をお祀りしたのはなんでかなと疑問に思います。
青龍神社の境内の様子
青龍神社の大鳥居。参道は杉の木立に挟まれています。
時代劇や伝奇ホラーに出てきそうな雰囲気のある社殿。
社殿に登る階段の途中に狛犬さんがいるんですが、この狛犬さんがなかなか趣深いですね。
阿形の狛犬さんの顔は削れてしまっています。元は吽形と同じようなお顔だったのかもしれません。
吽形のお顔が、狛犬というよりキャラクター化されたライオンさんのようです。
体型もぬいぐるみのようでかわいいです。
拝殿には新しい紙垂がかけられてはいるものの、屋根や柱などが傷んであまりしっかりと管理されてはいない様子。
拝殿にかけられた額。
こちらは摂社の稲荷神社です。
青龍神社の情報
青龍神社
日光市本町2256