森友瀧尾神社

今回ご紹介する日光市のパワースポットは、旧今市市地区にある森友瀧尾神社です。

森友は日光市の東側にある地区で、その中心部を東西に日光街道が走っています。

森友瀧尾神社は森友地区の鎮守であり、縁結び、安産でも有名な神社です。

今市総鎮守瀧尾神社の由来と御祭神

神社の入り口にある看板はかすれてしまって読み取れません。

その横に立つ石碑の内容が、森友瀧尾神社公式サイトで紹介されていました。

西暦767年「神護景雲称徳天皇」の御世、田心姫命(たごりひめのみこと)日光に入興のみぎり、途中休息をさせし所を、「腰掛の地」と言う。
現在、森友森脇872番地辺。西暦1242年「建長4年、御深草天皇の御代」に森脇の腰掛の地に祠を健立し、田心姫命を御祭神に奉斎されたことが森友瀧尾神社の創と伝わる。

由緒・御神徳|森友瀧尾神社

森友瀧尾神社の主祭神は、大国主命の奥様である田心姫命、祭神に大国主命と、そのお子様味耜高彦根命、そして上今市の瀧尾神社の祭神には入っていない軻遇突知(カグツチ)命もお祀りされています。

カグツチの命は伊邪那美命と伊邪那美命のお子様として生まれました。しかし、火の神様であったため、出生時にお母様の伊邪那美命を死に至らしめてしまい、伊邪那美命に殺されてしまいます。そして、カグツチの命からは八柱の神様が生まれました。

称徳天皇は孝謙天皇が重祚された女性天皇です。弓削道鏡とのゴシップで有名な方ですね。

さて、その称徳天皇の御世に、神代の時代の田心姫命が日光まで旅をされたとのこと。しかしまあ、神様に対してそのへんの矛盾を指摘するのは野暮というものです。

おそらく昔から田心姫命が腰掛けたと言い伝えられる岩があり、それを中心に神社が作られたのでしょう。

由来から見ると、どうやら上今市の今市総鎮守瀧尾神社から分霊を受けた分社というわけではないようです。

ただ、日光を中心に広く見られる瀧尾神社の信仰があればこそ作られた神社だというのは間違いないと思います。

今市総鎮守瀧尾神社の境内の様子

鳥居の前を守る狛犬さん。小ぶりながらも苔むしたいかつい顔の立派な狛犬さんです。

鳥居の奥に茅の輪が設置されていて、鳥居の柱にも茅が巻きつけてありました。

茅の輪くぐりは夏越の大祓で用いられる厄払いのための祭具です。

拝殿までの参道には百度石があります。お百度参りをするときの往復の目印になる石ですね。

森友瀧尾神社の拝殿。

小さな拝殿に不釣り合いなと言うと失礼ですが、大きな立派なしめ縄がかかっています。ここまで立派なしめ縄はなかなかお目にかかれるものではありません。

説明書きによると、しめ縄の一本は男性、もう一本は女性で、垂れている部分は子供をあらわし、縁結びと子宝のご利益があるそうです。

また、出雲大社の大注連縄作りもされている方のご指導によって作られたとも書いてあります。

拝殿にかけられた扁額。「神威」はわかりますがあとの二文字がわかりません。

拝殿の横に立つ木。

これは招霊木(オガタマノキ)といい、天の岩戸の神話のおり、アメノウズメノミコトがこの木の枝を持って踊ったことから、芸能成就のご利益があるそうです。

その横にはおおきな枝垂れ桜が立っています。

さらにその奥には「腰掛石はこちら」という看板が立てられています。

案内に従って歩いていくと、ちょうど季節のヤマユリが華麗な花を咲かせていました。

さてみなさんは、ポストカードを日本語で「ハガキ」と呼ぶのはなぜだかご存知でしょうか?

実はその由来はこの木=多羅葉の木にあります。

紙が貴重だった時代、この多羅葉など広く大きい葉っぱの裏を通信手段として用いていたことから「葉書」といわれるようになったとか。

もっとも、これはハガキの由来の説の一つに過ぎませんが…

さてこの多羅葉の木を左に曲がると、腰掛石があります。田心姫命が旅の途中に腰掛けたられたという大きな岩です。本当に元からここにあったんでしょうか?それとも大谷川の河原からでも運んできたのでしょうか?

建物の欄間部分にあるのは双竜栗鼠葡萄極彩色彫刻。木彫り、塗り、彩色それぞれの職人さんが手をかけて仕上げて奉納されたというとても見事な彫刻です。

お参りのしかたが書いてあります。

触れたり座ったりしないでくださいと書いてあるのかと思いきや、その逆で触ったり座ったりするの推奨です。

ということで、看板に従ってお参りしてから、せっかくだからと石に腰掛けてみました。

実際のところ私は霊感があるわけでもなく、特別信仰心が深いわけでもありません。ただ座りやすそうな部分があったので座ってみただけです。

ところが!

座るとなんだか体の毒がすーっと抜けていく感じがして、肩や首のこりがいっぺんに楽になりました。

座ってみると気分がよく、ちょっと腰掛けてみるだけのつもりがしばらくの間座り続けていました。

これは本当に浄化作用がある本物のパワーストーンなのかもしれません。

おそらく新域内だと思われる、セブンとの境のあたりに庚申塔があります。

庚申塔は庚申待ち供養のために立てられたものです。

中国では、庚申の日の夜に体の中に住む三尸の虫が抜け出して、天に住まう天帝に、その人のあれやこれやを告げ口しに行きます。それを防ぐために三尸の虫が抜け出られないように庚申の日の夜には徹夜するというのが「守庚申」という道教の道士が行う修行法の一つ。

それが、庚申の日に徹夜するという断片的な情報だけが日本に伝わり、なぜか修行者でもない一般人が庚申の日に集まって徹夜するというのが庚申待ちです。

今市総鎮守瀧尾神社の情報

森友瀧尾神社

栃木県日光市森友995
東武日光線下今市駅から徒歩30分

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